名鉄岐阜市内線の思い出 本線(長良線)

今回は1986年(昭和61年)まで 岐阜市内線の内、新岐阜と長良北町を結んでいた本線の部分を紹介します。 私がよく利用した線です。小さい頃、柳ヶ瀬に丸物(後に 岐阜近鉄に改称)というデパートがあり、そこに行くために新岐阜から柳ヶ瀬まで、母親に連れら…

名鉄起線

名鉄起線(おこしせん)は名鉄新一宮駅(現 名鉄一宮駅)と 一宮市(旧尾西市)起を結んでいた約5.3kmの路面電車です。当時の起点一宮駅は 以下の地図の通りです。 青色の線は、廃止された線です。一宮線は 岩倉までを結んでいた線です。こちらは専用軌道で…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その13)朝の運用

朝の美濃町線は日中とは違う運用がありました。 市ノ坪から出庫した電車が870を従えて続行運転で、競輪場前までやってきました。 800型の続行運転です。後ろの新岐阜ゆきの電車は新関からきたもの、前の徹明町行きは回送で出庫して野一色で始発となったもの…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その12)新岐阜ー市ノ坪

なかなか写真がないので、新岐阜から美濃町線を出発します。 新岐阜(しんぎふ) 新岐阜(現在の名鉄岐阜)は名古屋本線と各務原線、それに美濃町線が出発していました。本線は階段で2階に連絡しています。 廃止時点で美濃町線を含む600V線は磁気カードで…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その11)競輪場ー徹明町

金園町9丁目(かなぞのちょう9丁目) 単線区間でした。9丁目電停の東側だったか、西側だったか覚えがありません。 梅林(ばいりん) 単線から複線に変わる電停でした。以前は駅事務所がありました。 金園町4丁目(かなぞのちょう4丁目) 亡父の実家の前でし…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その10)競輪場前

競輪場前(けいりんじょうまえ) 競輪場前はややこしいので、ここで1つにまとめます 交差点東側に駅舎をかねた指令所がありました。 交差点の南に新岐阜側の交換施設がありました。また西側に徹明町側の交換施設がありました。 新岐阜側の交換 関行き 続行…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その9)北一色ー競輪場前

野一色を出た電車は、道路の軌道上へ現れます。 日中の続行運転は、先頭が徹明町行きになるため、新岐阜行きが黄色の印をつけませんが、510型の試運転のときは、新岐阜行きが先頭になります。 下芥見から帰ってきた510型がタブレットを持ち、市ノ坪まで行き…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その8)琴塚ー野一色

琴塚を出た電車は、野一色へ向かいます。 途中神社の前を通過しました。続行運転もありました。2004年最後の春。 野一色(のいしき) 住宅地の中に駅がありました。1960年の終わりに交換設備が北一色から移転してきました。 野一色までの電車に、新関行きの…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その7)日野橋ー琴塚

日野橋(ひのばし) いよいよ日野橋。徹明町からここまでは市内均一区間(170円)でした。 駅というか、電停というか真ん中に道路をはさんで、上り下り 併せて4本の電車が行き違いできる構造でした。しかし道路には構内踏切がありません。珍しいつくりですが…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その6)下芥見ー岩田坂

下芥見(しもあくたみ) もう少しで下芥見です。 朝は徹明町行きが美濃や新関からありました。 ここから始発の徹明町行きです 続行運転の開始。 朝はこのように関方面の続行運転などが見られました。 また部分廃止後、これより南は自動閉塞化されました。800…

名鉄美濃町線の思い出 編集中 (その5) 上芥見ー下芥見

上芥見からしばらくするとまた農業用水が横を流れてゆきます 朝は 870や590も見られました。 農閑期は水がありませんが、芥見小学校横の民家の枝垂桜が見事でした。

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その4)津保川橋梁ー上芥見

津保川(つほがわ)橋梁 白金の南に、長良川に注ぐ津保川があって、そこを渡っていました。 ここを渡る電車の写真はたくさんの人が撮っているでしょう。ここから南が結構有名な撮影地でした。 鉄橋の南側には大きな桜の木があって撮影場所になっていました。…

名鉄美濃町線の思い出、編集中(その3)新関ー白金

新関(しんせき) 関市の中心の駅です。新岐阜からの電車は大半が折り返してゆきました。 橋の上の折り返し電車 美濃への部分廃止後、県道を横断して 長良川鉄道の関市駅へ乗り入れるようになりました。 関(せき) 関 駅です。1999年の部分廃止後 長良川鉄…

ブルートレインのエピソード

昔はネットなど無く、時刻表を手元において、よく会社から駅に電話で(出張の)きっぷの予約をお願いをしました。 「もしもし」「○○駅です」 「春日井です。切符の予約をお願いします。」 「列車は?」 「○月○日発 しらさぎ○号 名古屋-敦賀 ハザ2枚 つなぎ …

東海道本線の名古屋付近の貨物列車

あまり意識しませんでしたが、稲沢にはJR貨物の稲沢運転区があり、中部の中心拠点です。ここから名古屋まで通称 稲沢貨物線(実際は東海道本線)が併走していて、複々線となっています。ここを通る貨物列車が様々であります。 EF210が牽くコンテナ列車です。…

(移植)えちぜん鉄道 勝山左儀長祭り (2013-0306)

www.youtube.com www.youtube.com 「勝山左儀長祭りにあわせてテキ6を動かす」との知らせに、2/24勝山行きを決意。行きました。 福井には9時半過ぎに到着 乗車した9:56発勝山行き955K列車にはなんとMc2101型の2両が充てられていました。ラッキーです。…

名鉄美濃町線の思い出:(その2) 新関-美濃

新関ー美濃間は1999年(平成9年)3月末に、最初に廃止された区間です。以前は徹明町や新岐阜から通しで運転されていましたが、お客が減ったのでしょう。590型が日中1時間おきに走っていました。しかし、朝晩は通しで走っていました。廃止の噂を聞…

名鉄美濃町線の思い出:(その1、解説)

この記事は編集中です。内容が随時変わりますのでよろしく。 (写真は引用を書いたものを除き、自分が撮影したものを使います) 私の父方の実家が岐阜市金園町(かなぞのちょう)というところにあって、お盆と正月はよく行きました。実家の前をいまはありませ…

名松線に乗ってきました

(お断り)このブログの映像、文章は自由に利用して頂いてもかまいません。が映像は下手ですし、文章も我見ですので、利用したことによる損害、利益に関して、作者はいっさい関知しません。ご了承ください。 2016年3月26日に名松線が復旧しました。 <土砂災害…

福井へ行ってきました(えちぜん鉄道、福井鉄道相互乗り入れなど)

3月27日(日)から福井鉄道の福井駅延伸と、田原町からえちぜん鉄道と福井鉄道の鷲塚針原駅までの路面区間の相互乗り入れが始まりました。 福井は祝賀ムードで、福井駅と田原町駅で祝典が開かれました。 来賓用の臨時電車 (完成したばかりのフクラム第3編成)…

三岐鉄道 その2 北勢線

2018年6月30日 写真を追加しました。 新年明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。 三岐鉄道 北勢線について書きます。 北勢線は三岐鉄道が引き受けたナローゲージ(762mm)の鉄道です。最初は員弁川の砂利を桑名まで運ぶ目的で…

鉄道ファンと安全について考える

鉄道を趣味にする人を鉄道ファンと定義しよう。 鉄道ファンの人口は年を追うごとに増えているように思う。定義が曖昧なので、正確な統計があるわけではないが、「○○鉄」と分類されるようになってきた。分類わけができるほどふえた感じがする。 私自身鉄道フ…

適当に東急線に乗りました

前回の東京編の続きです。 北千住から渋谷まで移動しましたが、どれを使ったのか思い出せません。千代田線と半蔵門線を乗り継いだか、東武線と半蔵門線を乗ったか? とにかく渋谷駅で下車して東急線の1日乗車券を購入しました。最後にこれをなくす事になるの…

都電荒川線に乗ってきました

久しぶりに荒川線に乗ってきました。 東京都交通局 荒川線は荒川区、北区、豊島区などを結ぶ路線です。町屋駅前でメトロ千代田線、熊野前でこれも都営の日暮里・舎人ライナー、王子駅前でメトロ南北線と、JR京浜東北線、新庚申塚で都営三田線、大塚駅前で…

金八先生のロケ地に行ってきました。

ドラマ「3年B組金八先生」の撮影場所だったところに少しだけ行ってきました。 東武鉄道 堀切駅で押上からの電車を降りました。 受験のときとか、よく登場する駅です。停車するのは普通のみ、半蔵門線から乗り入れる電車はほとんど通過していきます。 浅草方…

三岐鉄道について その1 三岐線

今回は三岐鉄道について記述します。 三岐鉄道は三岐線と北勢線の2路線を持っています。今回は三岐線です。 三岐鉄道は日本で最大規模の太平洋セメントが出資する鉄道です。 秩父鉄道も同様です。三井グループに属し、いわゆる近鉄系列の会社ではありません…

岐阜バスに乗ってきました2(+名鉄バス乗り継ぎ)

秋の行楽シーズンとなり、岐阜バスも1日乗車券が週末使える季節です。 日付は10月18日(日)毎日18日は谷汲山の命日で臨時バスが1日1本だけ運転されます。10月は日曜なので、名鉄岐阜駅にたくさんの人が並んで待っていました。(200人超える?) 電車のとき…

富山の路面電車

久しぶりに富山市へいってきました。高校生以来35年ぶり。 目的はほかにありましたが、「富山ライトレール」も乗ってきました。 家からは、車で3時間半。実は高岡市まではよく行ったことがありました。神通川を渡って富山市へ行ったのは初めてです。 ライ…

えちぜん鉄道の生い立ち (その4 えちぜん鉄道の誕生と再生)

1.えちぜん鉄道の誕生 京福電鉄福井支社は、いったん全線を廃止して、2002年(平成14年)県と沿線自治体が出資する第3セクターの会社えちぜん鉄道を作り、2003年(平成15年)資産を京福から引き継ぎました。加えて国交省からの「安全確保に関する事業改善命…

えちぜん鉄道の生い立ち(その3 京福電鉄の繁栄と衰退)

1.戦後の災禍と復興 福井市は空襲からいち早く復興しました。 しかし1948年(昭和23年)6月28日 丸岡を震源として福井大地震が起きました。 各地で断層が発生するほどの震源が浅い大規模な地震で、鉄道もほぼ全線、線路が歪む、鉄橋が落ちる。列車が脱線、…